九谷焼、色絵に託す祈り~筆一本に宿る、職人の技と未来~
鮮やかな色彩に魅せられて~九谷焼絵付けの世界
日本の豊かな風土の中で育まれてきた伝統工芸は、それぞれが独自の歴史と技術を持っています。しかしながら、現代社会の変化と共に、その多くが存続の危機に瀕しているのが現状です。「失われた技を求めて」では、そうした消えゆく伝統の現状と、それを未来へと繋ごうと奮闘する最後の継承者たちの姿を記録し、伝えていくことを目的としております。
今回ご紹介するのは、石川県南部の九谷地域を中心に発展してきた九谷焼です。九谷焼最大の魅力は、その華やかで力強い「色絵」にあります。赤、緑、黄、紫、紺青といった「九谷五彩」を基調とし、時に金彩も加えて描かれる絵柄は、器に独特の存在感を与えています。この色絵を生み出す絵付けの技こそが、九谷焼を九谷焼たらしめている核となるものです。
しかし、この美しい色絵の世界もまた、他の多くの伝統工芸と同じく、厳しい現実に直面しています。材料の入手困難、伝統的な技法を習得する担い手の不足、そして現代のライフスタイルとの乖離などが、九谷焼の未来に影を落としています。
筆一本に宿る千年の歴史と技法
九谷焼の色絵の歴史は古く、江戸時代前期にまで遡ります。一度途絶え、その後再興された歴史を持つ九谷焼には、時代と共に多様な様式が生まれました。古九谷の風格、木米の中国風人物画、吉田屋の青手、飯田屋の赤絵細描、そして庄三の洋絵具使用など、それぞれの時代や窯元によって異なる絵付けの技法と表現が追求されてきました。
これらの絵付けは、素焼きされた器に釉薬をかけ本焼きをした後、絵の具で絵付けを行い、さらに窯で焼成する「上絵付け」が主流です。絵の具は鉱物を原料とした特殊なもので、焼成温度によって発色や質感が変化します。職人は、絵の具の特性を熟知し、筆一本で器の上に繊細かつ大胆な世界を描き出します。
絵付けの工程は多岐にわたります。まず、描くモチーフを決め、時に下書きを行います。使う筆は、線の太さや表現したい質感によって使い分けられます。絵の具を溶き、筆に含ませる加減、器に筆を走らせる速度と力の入れ方、これらすべてが仕上がりの絵柄に影響します。特に、細密な描写を要する赤絵細描などは、息を止めて神経を集中させる、まさに職人の真骨頂ともいえる技です。
継承者のまなざし~色に込める想い
石川県能美市で九谷焼の絵付けに携わる、鵜飼慎一さん(仮名、60代)は、この道一筋に歩んできた絵付師です。物静かな鵜飼さんの手から生み出される作品は、伝統的な九谷五彩を用いながらも、現代的な感性も感じさせる独特の柔らかな筆致が特徴です。
鵜飼さんがこの世界に入ったのは、祖父もまた絵付師だった影響が大きいといいます。「子供の頃から、祖父が黙々と筆を動かす姿を見るのが好きでした。無地の器の上に、みるみるうちに色が乗って、絵が生まれていくのが不思議で」と、若い頃を振り返ります。
しかし、絵付けの道は決して平坦ではなかったそうです。「絵の具は生き物のようなもので、その日の湿度や温度、窯の状態でも発色が微妙に変わる。思うような色が出せず、悔しい思いをすることもしょっちゅうでした」と語ります。特に、九谷焼独特の深みのある色を出すには、長年の経験と勘が必要です。鵜飼さんは、師匠から受け継いだ伝統的な技法を愚直に守りながらも、自身で様々な試し焼きを重ね、納得のいく色を追求し続けています。
「九谷焼の器は、使う人の日常に彩りを添えるものです。食卓に並んだ時、飾られた時、手にした時に、少しでも心が華やいだり、温かい気持ちになったりしてもらえたら、それが絵付師として一番の喜びです」と、作品への想いを語ります。一つ一つの筆致に、器を使う人々への願いが込められています。
九谷焼絵付けの未来のために
鵜飼さんのように、伝統を守り、現代へと繋げようと奮闘する職人がいる一方で、九谷焼絵付けの世界もまた、後継者不足という深刻な課題に直面しています。絵付けの技術は一朝一夕で身につくものではなく、一人前になるには長い年月と厳しい修練が必要です。しかし、現代の若者にとって、こうした道を選ぶハードルは決して低くありません。
また、原材料の高騰や、手仕事ゆえの生産性の限界も、経営を圧迫する要因となっています。伝統的な絵柄の需要が減少する中で、新しいデザインや現代的なニーズに応じた作品作りも求められていますが、それもまた職人にとって容易なことではありません。
しかし、希望の光もあります。近年、九谷焼の魅力に改めて注目し、その技術を学びたいと考える若い世代も少しずつ現れています。また、伝統的な技法を用いながらも、現代のライフスタイルに合わせたデザインの器を制作したり、SNSを活用して作品を発信したりするなど、新しい試みも行われています。
私たちにできることは、九谷焼という素晴らしい伝統工芸が存在することを認識し、その背景にある職人の技と物語に触れることです。九谷焼の器を手に取り、その色絵に込められた情熱を感じてみること。関連する展覧会やイベントに足を運んでみること。そして、そこで感じた魅力を周囲に伝えていくこと。そうした一つ一つの行動が、九谷焼の絵付けの技が未来へと受け継がれていくための応援に繋がるのではないでしょうか。
「失われた技を求めて」では、これからも九谷焼絵付けのような、未来への継承が危ぶまれる伝統工芸と、そこに生きる職人たちの姿を記録し、皆様にお伝えしてまいります。彼らの情熱と技術が、これからも色褪せることなく輝き続けることを願ってやみません。