失われた技を求めて

南部鉄器、鉄の肌に刻む物語~消えゆく火床と未来への響き~

Tags: 南部鉄器, 伝統工芸, 鉄器, 職人, 継承者, 岩手

南部鉄器は、岩手県盛岡市や奥州市を中心に発展してきた鋳鉄製品です。その歴史は約400年にも及び、古くから茶の湯釜や鉄鍋、そして現代では鉄瓶や調理器具として、多くの人々に親しまれてきました。ずっしりとした重厚感、独特の鉄肌の美しさ、そして優れた保温性や鉄分補給の効果など、現代の暮らしにおいてもその価値が見直されています。

しかしながら、この伝統的な南部鉄器の生産を支える技術の中には、現在、後継者不足や需要の変化といった厳しい現実に直面しているものも少なくありません。特に、伝統的な砂を使った鋳型を作る技法や、鉄を溶解し鋳込む「火床(ほどこ)」と呼ばれる現場の維持は、熟練の技と体力、そして特別な環境を必要とします。ここでは、消えゆく危機に瀕しながらも、鉄器に命を吹き込み続ける人々の物語に耳を傾けてみましょう。

南部鉄器の歩みと、土・火・鉄が織りなす技

南部鉄器の起源は、江戸時代初期に盛岡藩主が京都から釜師を招いたことに始まると伝えられています。当時は茶の湯が盛んで、茶釜の製造が中心でした。その後、日用品としての鉄鍋や、携帯しやすい鉄瓶が作られるようになり、庶民にも広まっていきました。

南部鉄器の最大の特徴の一つは、その表面の独特な模様や質感、「肌」と呼ばれるものです。これは、鋳型に使う砂の粒子や、その砂を固める粘土の配合、そして鋳込みの際の温度や湿度といった、様々な要素が複雑に絡み合って生まれます。特に伝統的な鉄瓶に多く見られる「霰(あられ)」のような模様や、ざらりとした梨地肌などは、熟練した職人の手仕事によってのみ生み出される美しさです。

鉄器に命を吹き込む手仕事:製造工程の深奥

南部鉄器の製造は、いくつもの複雑な工程を経て行われます。大まかに分けると、「型作り」、「鋳込み」、「仕上げ」となります。

まず「型作り」では、鉄製品の形を決める鋳型を作ります。伝統的な鉄瓶などの製造では、砂と粘土を混ぜたものを固めて作る「砂型」が主流です。特に鉄瓶の複雑な形状を作るためには、「外型」と「中子(なかご)」と呼ばれる二つの型を組み合わせます。この砂型の精度が、鉄器の仕上がりを大きく左右します。挽き型や込型といった、様々な技法が用いられ、それぞれの工程に高度な技術が必要です。

次に、「鋳込み」の工程です。溶解炉で高温に溶かされた鉄を、慎重に砂型の中に流し込みます。この時、鉄の温度や流し込むスピードなどが重要となり、長年の経験に基づいた判断が求められます。鉄が固まったら型を壊して製品を取り出します。

最後に「仕上げ」です。砂を落とし、余分な部分を削り取る「型抜き」、そして錆び止めのために高温で焼き上げる「焼き抜き」などの工程があります。特に焼き抜きは、鉄器の表面に酸化皮膜を作り、錆びにくくするだけでなく、鉄器独特の黒色を発色させる重要な工程です。伝統的な手法では、薪などを燃やした火床で鉄器を直接高温にさらすことで行われ、ここにも熟練の技が光ります。

伝統を守り、未来を切り拓く継承者たちの物語

南部鉄器の伝統的な技法、特に砂型を使った複雑な型作りや、高温の火床での焼き抜きといった工程は、習得に長い時間がかかり、また体力も必要とするため、若い世代への継承が大きな課題となっています。多くの工房で高齢の職人が現役で活躍されていますが、その技を次世代にどう繋ぐかは喫緊の課題です。

しかし、厳しい現状にあっても、南部鉄器の未来を見据え、新たな挑戦を続けている職人たちがいます。彼らは、伝統的な技法を頑なに守りながらも、現代のライフスタイルに合ったデザインの製品開発に取り組んだり、新しい販路を模索したりしています。

ある若手の職人さんは、「この技術を途絶えさせてはいけないという思いはもちろん強い。でも、ただ昔と同じものを作っているだけでは限界がある。伝統の根っこを大切にしながら、今を生きる人々に本当に喜んでもらえるもの、使ってもらえるものを作ることが、伝統を未来に繋ぐことだと信じています」と語ります。彼らの工房では、モダンなデザインのティーポットやフライパンなど、新しい南部鉄器が次々と生まれています。

また、伝統的な火床での焼き抜きは、均一な焼き色を出すために炎の調整や鉄器を置く位置などを微妙に変える必要があり、五感をフルに使った熟練の技です。あるベテラン職人さんは、「鉄の肌の色、火の勢い、立ち上る煙の具合で、焼き加減を見極める。これはもう、体で覚えるしかないんだ。この感覚を言葉で伝えるのは難しいが、若い子に少しでも多く見せて、感じてもらうようにしている」と、自身の持つ技を伝えようと奮闘されています。

彼らの努力は、単に技術を継承するだけでなく、南部鉄器という一つの文化を、そしてその背景にある職人の哲学や生き様を、未来に引き継ぐ試みなのです。

私たちが伝統工芸を「応援する」ということ

消えゆく危機に瀕している伝統工芸に対して、私たちができることは何でしょうか。それは、まず「知る」ことから始まります。この記事のように、その工芸品の歴史や技術、そして作り手の想いを知ること。そして、もし関心を持つ機会があれば、実際に手に取ってみることです。

南部鉄器であれば、実際に鉄瓶でお湯を沸かして使ってみる、調理器具として料理を作ってみるなど、日々の生活に取り入れてみることが、何よりの応援に繋がります。購入することは、作り手の生活を支え、次の製作への意欲を生み出す最も直接的な方法です。

また、工房の見学を受け付けていたり、体験プログラムを用意している地域もあります。実際に職人の働く姿を見たり、簡単な工程を体験したりすることで、手仕事の奥深さや大変さ、そしてその魅力に触れることができるでしょう。地域のイベントや百貨店の催事などで、南部鉄器の展示販売が行われることもありますので、そうした機会に足を運んでみるのも良いかもしれません。

未来へ響かせる、鉄の物語

南部鉄器は、遥か昔から伝わる技術と、現代を生きる職人の情熱によって生み出されています。鉄を溶かし、型に流し込み、焼き上げるという、シンプルながらも奥深い工程の繰り返しの中に、職人の技と心が宿っています。

「失われた技を求めて」では、このように消えゆく危機にある伝統工芸と、それを守り、未来へ繋げようと奮闘する継承者たちの記録を続けてまいります。南部鉄器の鉄肌に刻まれた物語が、これからも長く響き続けていくことを願ってやみません。